うつ病×私の芯(心)

なんじゃ 芯(心)

おはよう、こんにちは、こんばんは。

唯一無二のうつリーマン なんじゃです(@utsutomo_nanja

 

 

前回の投稿からのなんじゃダークサイドを見せるブログ4回目です(笑)

 

いやぁ、こんなにダークサイドをお見せしてすみません。

 

どうせなら全部知ってもらった方がいいかなって。

 

こんな暗い話ばっかしても見てくれる方は、

 

変態。

 

いやいや、ありがたいですねぇ(笑)

 

前回までの話のおさらいです。

 

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今回は自分自身へ、

 

焦点を合わせたいと思います。

 

それでは「なんじゃ 芯(心)」の話をさせて頂きます。

 

それでは、どぞ。

 

幼少期

 

MabelAmber / Pixabay

 

正直あんまり覚えておりません。

 

人より、記憶力悪いと思います。

 

ほぼほぼ記憶がありません。

 

よっぽどの印象に残ってることしか覚えていません。

 

エルマーの冒険

 

を、よく読んでいた思い出があります。
幼稚園には、そのりゅうの置物があります。
りゅうが好きで上によく乗ってましたね。

小学生

 

ExplorerBob / Pixabay

 

小学校に上がってすぐに、

 

親の仕事の関係で転校することになりました。

 

4月の終わりか、5月の初めだったかと思います。

 

愛媛から岡山に。

 

元々引っ込み思案な性格が、

 

もっと、引っ込み思案になりました。

 

全く知らない土地、知らない人。

 

幼い私には非常に大きな変化だったようです。

 

そして、数日後、

 

愛媛で近所に住んでいた友達が、

 

登校途中に事故に遭い、亡くなってしまったと・・・。

 

そこから岡山での生活は、

 

これまた断片的にしか覚えていません。

 

3年生を迎えるころには、

 

愛媛に戻ることになりました。

 

また1からの人付き合いです。

 

幼稚園児に一緒だった友達もいるのですが、

 

なかなかなじめませんでしたね。

 

やっぱり家の影響は大きいのです。

 

両親自体コミュ障で、

 

人付き合いがない。

 

だから私もそうなりました。

 

もちろん弟も。

 

友達が出来て遊ぶこともありました。

 

けど、自分の家の中に友達を招き入れたことはありません。

 

私が友達の家に行くばかりです。

 

普通おかしいですよね。

 

友達の家に行くなら、

 

自分の家にも招待するもんです。

 

うちの場合はそれがなかった。

 

母親が友達を家に入れることを嫌がってたので、

 

誰も家には来たことがありませんでした。

 

この頃から、やっぱりなんかおかしいと思い出していました。

 

私の地域は秋祭りが盛んなのですが、

 

父がコミュ障なので、

 

あまり参加していませんでした。

 

だから、周りからも子供だけ来てと思われ、

 

変な目で見られていました。

 

私もそこを受け継いでしまい。

 

祭りが苦手です。

 

自分の子供達も私の影響で、

 

あまり好きではありません。

 

子供には本当に申し訳ないですね。

 

この時期になると、

 

いつもごめんねって言ってる気がします。

 

小学校時の私は、

 

悪いことが何かをわかっていない子供でした。

 

全校生徒の前で正座させられた記憶があります。

 

地域の方から小学校の方に通報があったようです。

 

まぁ今考えたらダメだろってことをやってしまってましたね。

 

世間一般で言う、不良とは全然かけ離れているのですが、

 

ちょっとネジが飛んでいました。

 

他の人と感覚がズレてるんですよ。

 

それは今でもですが。

 

まぁなんやかんやで、

 

小学校を卒業しました。

中学校

 

genielutz / Pixabay

 

中学生の時は、

 

ソフトテニス部に入り、

 

部活に明け暮れていました。

 

サッカーや野球は、

 

小学校からやっている子達が入っており、

 

全然敵わないので、

 

ソフトテニス部を選びました。

 

仲の良い友達も、

 

入ったのも大きなことですかね。

 

毎日部活をやり、

 

休みの日は部活の仲間と遊ぶ。

 

ほんとに部活中心の生活でした。

 

なんだかんだでソフトテニスはとても楽しかったのです。

 

3年になり、部活を終えると、

 

一気に成績が落ちました。

 

3年になって進路の話が出るようになり、

 

何も考えていなかったし、

 

考えられなかったので、

 

勉強しても身に付きませんでした。

 

未来のことが考えられず、

 

悲観的になり、

 

死にたいと思うことも多々ありました。

 

実際には、死ぬ勇気もなく、

 

悶々と日々を過ごすだけでした。

 

いよいよ進路を決めないといけないという時でも、

 

何にも決まっていませんでした。

 

だから、

 

近場の余裕で入れる高校に進学しました。

 

高校

 

tlparadis / Pixabay

 

入試時に、

 

一番の成績を取り、

 

高校に入学することになりました。

 

1番になったと言っても、

 

ここいらじゃかなり底辺の高校なので、

 

自慢の1つにもなりゃしません。

 

1番で入学ということが、

 

私を苦しめることにもなりました。

 

入って一発目の中間テスト。

 

クラスで4番目。

 

担任には、

 

「おちこぼれ」

「もやし」(体が細いから)

 

と、言われる始末。

 

軽く嫌になったのを覚えています。

 

まぁ私のクラスは男だけだったので、

 

男子校のようですごく楽しかったのを覚えています。

 

学生生活の中では、

 

この男だけの時間が非常に良かった思い出です。

 

気が楽だったんですよ。

 

そこまで気を使わなくてもいいし。

 

苦手な人はいましたが、

 

そこまで揉めることもなかった。

 

あぁ~、揉めるで思い出したのですが、

 

先輩とは揉めましたね。

 

部活の先輩に絡まれました。

 

すごく仲の良い先輩だったのですが、

 

私が調子に乗ってしまい、

 

ふざけた態度を取って接していると、

 

キレられました。

 

よくよく考えてみると、

 

こういうことって、一度や二度ではありません。

 

やっぱり人とズレているんだと思うんですが、

 

すぐに調子に乗って、相手を怒らせてきた気がします。

 

1番の親友とも1年間くらい、

 

話もしなかったことがあります。

 

ダメですね~。

 

性格が歪んじゃってます。

 

高校の時も、中学と同様で、

 

進路の話になると、

 

何も考えられなくなり、

 

逃げるように、

 

近場の専門学校に。

 

大学の推薦もあったのに、

 

親にも話しませんでした。

 

中学のころから、

 

親とはほぼ会話がありませんでした。

 

弟とも。

 

家ではメシ、風呂、トイレ以外は自分の部屋に籠りっきりでしたね。

 

だから、そんな話もしませんでした。

 

ある意味、いきなり専門学校に行くって言って、

 

通わせてくれた親には感謝しています。

 

専門学校

 

geralt / Pixabay

 

PC関係の専門学校に入学しました。

 

ゲームが好きだったので、

 

ゲームクリエイターにでもなれるかなぁという、

 

軽い気持ちから入学しました。

 

プログラミング言語を習うのですが、

 

チンプンカンプン。

 

全然頭に入ってきません。

 

専門学校は遊びに行っていたようなものでした。

 

出来ることといえば、

 

軽いブラインドタッチくらいです。

 

はっきり言って無駄な期間でした。

 

親には非常に申し訳ない。

 

そして、いよいよ就職です。

 

何にもわからないので、

 

とりあえず、

 

先生の勧めるところを受けてみると、

 

採用されました。

 

社会人

 

ulleo / Pixabay

 

一つ目の会社は「製造業」でした。

 

人付き合いが苦手で、

 

手先も不器用。

 

良いところが全くない新人です。

 

同時期に入った子は、

 

器用で何でもこなしていました。

 

親のコミュ障の影響もあり、

 

大人との対話の仕方が全くわからず、

 

だんだんと嫌になっていきました。

 

そして、仕事に行くのが嫌になり、

 

休みが多くなり、

 

仕舞いには、いきなり辞めると言って辞めてしまうという。

 

工場長に、

 

「そんなんじゃどこも続かんぞ」

 

と、言われたのを覚えています。

 

次に就職したのは「味噌屋」です。

 

味噌を作って、スーパー等に卸す仕事でした。

 

こちらも長くは続きませんでした。

 

いつまでたっても1人で納品が出来ないのです。

 

何も出来ない・・・。

 

ほんと辛くて辛くてたまりませんでした。

 

最後に今の会社に入社しました。

 

ここも製造業なのですが、

 

工場が1社目と違い、めちゃくちゃキレイでした。

 

工場見学させてもらった時に、驚いたのを覚えています。

 

こんなこともあるんやなぁと。

 

他も受けていたのですが、

 

先に決まった今の会社に入社しました。

 

ここでもコミュ障ぶりを発揮し、

 

なかなか輪に入って行けず、

 

不器用さも発揮し、

 

やらないといけない事でさえ、

 

おぼつかない感じでした。

 

それでも、何故か上の人がある機械の所を任せると言ってきて、

 

その機械を使うようになりました。

 

部屋に1000万以上する機械と自分だけ。

 

黙々と仕事をしていました。

 

1人でいるのが楽だったのです。

 

そこから、物量も増え、

 

1人2人と、人が増え、

 

そして、その工程のリーダーになりました。

 

その頃の自分は変に正義感があり、

 

前リーダーがちゃんとしていなかったので、

 

私がやると、

 

こうしたいと作文に書いて出したほどです。

 

バカ真面目ってやつですね。

 

そこからは残業、残業の日々です。

 

右肩上がりに成長をしていく会社は、

 

物量がどんどん上がっていきました。

 

100時間残業は当たり前、

 

最大で189時間の残業をしたこともあります。

 

あの頃はよく体がもったなと思います。

 

まぁ若かったのもあるんでしょうけど、

 

楽しかった部分もまだあったんですね。

 

どんどん大きくなっていくにつれて、

 

会社内がキューっと締め付けられるようになりました。

 

やれあれをしろだとか、

 

決まり事がどうだとか、

 

物量とプレッシャーにより、

 

私は壊れていきました。

 

そして最後はうつ病に。

 

それが今年の始めです。

 

うつ病 発症

 

Activedia / Pixabay

 

体が鉛のように重く、

 

会社に行くことを拒否していました。

 

冗談半分で本気半分で、

 

言っていた、

 

うつ病になってしまうわぁ~。

 

が、ほんとになってしまったのです。

 

私の場合は、

 

そこまで悪くなかったようで、

 

復職も早くすることが出来ました。

 

がしかし、うつ病になった会社にいるというのは、

 

やっぱり何か嫌な気分です。

 

最初は恨みしかありませんでした。

 

今でもあるっちゃあるのですが、

 

前向きに捉えようとしています。

 

現在

 

 

うつ病に至った経緯等、

 

自分なりに色々考えましたが、

 

全てにおいて、

 

幼少期からの家庭環境が悪いのではないかと思っています。

 

やはり私の家は普通の家ではないのです。

 

だから、子供2人とも精神に異常をきたしたのです。

 

ハッキリ言って親のせいだと思っています。

 

家庭環境が悪かったから、

 

こういう自分が作り上げられたんだって。

 

・・・。

 

・・・・・・。

 

が、しかし。

 

そんなことは、もはやどうでもいいのです。

 

過去のことはもう変えれないのです。

 

前を向くしかないんです。

 

うつ病になったことによって、

 

気付かされました。

 

気付かされたというか、

 

気付いていたのに目を背けていたのです。

 

だから、そういう意味ではうつ病になったということも、

 

私にはプラスになっています。

 

見て見ぬふりをしていた、

 

このままじゃダメなんだという気持ちを再認識させてもらいました。

 

今は今までの自分から一歩踏み出そうとしているところです。

 

ハッキリ言って遅いのはわかっています。

 

けど、やらないといつまで経っても変わらないのです。

 

やるしかない。

 

やるしかないんです。

 

まとめ

 

marcoreyesgt / Pixabay

 

今回は「なんじゃ 芯(心)」という話をさせて頂きました。

 

今までで一番文字数の多い記事になってしまいました(笑)

 

自分のダークサイドを語る記事が一番文字数が多いってのも、

 

皮肉なもんですね^^

 

まぁ、暗い部分を語り続けてきましたが、

 

今の私は、前に進むしかないと考えています。

 

まだ落ちる時は、落ちまくるのですが、

 

基本は、前向きスタンスにてやってます。

 

人生は一度きりなんで、

 

自分の思うようにやってやりたいと思っています。

 

自分を変えれるのは、

 

自分だけ!

 

自分の未来は、

 

自分で掴み取れ!

 

頑張れ、おれ!

 

負けるな、おれ!

 

おまえなら出来る!

 

やってやれ!

 

(*´▽`*)ぱあぁぁぁ

 

 

 

今回も最後までご拝読いただきありがとうございました。

いつも感謝、感謝です。

 

 

それでは、また。

ではでは~。